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ふたたび、宮城鳴瀬一中避難所へ、行く。PART3



ぼくはずいぶん前から新聞というものを取っていない。


もう、30数年経つなぁ。


久しぶりに手にする、ホテルの朝刊。


新聞1.jpg
宮城県、わずか5%!



やっぱり。



菅原さんが、まさにお話しされていたことだ。


(詳しくは、以前のブログをごらんください)


2ヶ月半たった今も、まだ支給されていないとは。


福島県ダントツ.jpg
福島県、ダントツ一位。


原発事故での一律支給率が高いのが一因ということだが、

それにしても他県の低さは、どうだ。



新聞3.jpg
悲鳴をあげて当然です、二ヶ月半経った今も未支給なのだから。



動物救護センター.jpg
動物たちも、悲鳴だろう。


トトロ.jpg
寅さん、トトロ、こういった娯楽はきっと喜ばれるだろう。



朝の計測。


h 0.jpg
0.11μSv/h 0.6CPS

h 0.jpg
ホテル室内、0.07μSv/h 0.2CPS 低い!



さ。


今日は、東京へ戻ろう。



昨日、思い切り夕飯を食べたので、

だれ一人、お腹が空いていない。



おし、そんなら、


では、帰路につくとしよう.jpg
一気に帰るど。



動き出す前に、自動車内、計測、計測。


自動車車内 0.12.jpg
0.7CPS 0.12μSv/h



山形自動車道路経由、東北自動車道で東京、です。


アシタカ聶記?.jpg
アシタカ聶記?



ずっと低い数値で推移していたが、

国見あたりで急に上昇し出す。


アラート鳴り出す.jpg
0.30μSv/h アラート、鳴り出す。


国見.jpg
ここです。



しばらく走ると、


h.jpg
0.52μSv/h



帰路は、できるだけ計測数を増やしたいので、

写真ではなく、次女が手書きでメモリ。


では、ここからは、

しばらく数値のみで行きます(興味のない方は、読み飛ばしてください)。



左の数値は「CPS」、右の数値は「μSv/h」です。

国見SAを越えた辺りから、しばらくは2kmごとに計測しました。

1.4   0.30 (ALERT継続)
1.5   0.32
1.8   0.34
2.1   0.55
2.0   0.48
0.9   0.28 (ALERT解除)
1.8   0.33 (ALERT開始)
2.2   0.42 (CPS未計測)
    0.91★(今回最高値)
    0.73
    0.58
    0.48
2.4   0.50
2.7   0.47

吾妻2.0km手前から、1kmずつの計測に変更。

2.3   0.47
2.2   0.48
2.2   0.45
1.8   0.44
1.6   0.43
1.6   0.42
1.7   0.40
1.4   0.38
1.7   0.38
1.9   0.37
1.8   0.37
2.5   0.40
0.5   0.40(トンネル通過中)
1.0   0.35
1.7   0.37
2.0   0.37(福島松川)
1.4   0.35
1.8   0.38(二本松)
2.1   0.40
2.1   0.40
2.8   0.42
2.2   0.41
2.3   0.43
2.8   0.45
2.8   0.48
3.0   0.52(雨、降り始める)
3.3   0.59
3.4   0.60
2.6   0.59(田植えが終わっている・・・)
1.9   0.54
2.1   0.54
2.0   0.52
1.7   0.49
1.7   0.44
1.7   0.46
2.0   0.42(雨、止む)
2.0   0.42
1.5   0.42
1.7   0.43
2.2   0.43
2.2   0.43
2.5   0.45
2.9   0.47
2.4   0.48(郡山出口)
2.1   0.48
2.5   0.50
2.4   0.50
2.3   0.52
2.0   0.50
2.3   0.49
2.3   0.47 (郡山南)
2.0   0.44
1.7   0.42(郡山出口)
2.2   0.44
2.8   0.50(安積出口)
3.2   0.52(須賀川へ6kmナヴィ表示)
2.8   0.54

計器 須賀川へ4.jpg
2.1CPS  0.52μSv/h

須賀川へ4.jpg距離確認のために、写真を入れました。

2.1   0.53
2.1   0.51(ここに201kmポストあり)
1.5   0.47
1.2   0.43
1.1   0.40(須賀川IC)
1.0   0.37
1.2   0.36
1.2   0.35
2.1   0.34
1.6   0.32
1.5   0.32
1.2   0.29(ALERT解除)
1.2   未計測
0.9   0.25
1.0   0.23
1.3   0.23
0.9   0.23(陽射しがでる)
0.8   0.24
0.9   0.22
1.0   0.22(182.4kmポスト)
1.2   0.26
1.4   0.26(矢吹も田植えが終わっている)
1.5   0.26
0.8   0.26
1.3   0.26
2.1   0.27
1.0   0.28(白河)
1.5   0.30(ALERT開始)
1.7   0.32
1.6   0.33
1.5   0.32
1.4   0.31
1.7   0.33
0.4   0.33(0.4CPSはリセット後数値かも)
1.5   0.32
1.8   0.34
1.7   0.34

栃木県に入る。

1.6   0.33
1.7   0.32
1.6   0.30
1.6   0.29(ALERT解除)
1.4   0.27(那須高原SA)
0.8   0.26
2.8   0.27
1.8   0.26
1.8   0.26
1.3   0.23
1.4   0.24
1.8   0.24
1.8   0.23
1.3   0.26
1.3   0.25
1.3   0.26
1.2   0.26
1.2   0.26
1.1   0.28
1.2   0.29(西那須野塩原)
1.3   0.29
1.7   0.30(ALERT開始)
1.6   0.30
1.6   0.29(ALERT解除)
2.0   0.31(ALERT開始)
2.0   0.33
2.0   0.34
    0.35(CPS未計測)
1.3   0.36
1.3   0.35
1.2   0.33
0.8   0.30
1.3   0.29(ALERT解除)
1.6   0.30(ALERT開始)
1.3   0.29(ALERT解除)
1.2   0.28
1.3   0.26
1.0   0.24
0.8   0.23
0.8   0.22
0.6   0.21
1.0   0.14
0.9   0.19
0.7   0.18
0.8   0.17
0.7   0.17
0.6   0.17
0.7   0.18
0.7   0.17
0.7   0.16
0.5   0.16
0.6   0.16
0.7   0.16(上河内)
0.7   0.15
0.5   0.14
0.6   0.14
0.7   0.14
0.7   0.14
0.4   0.13
0.5   0.13

このあとは、多少の上下があるも平均的に低く推移。

0.6   0.10(都賀西方 90kmポスト 東京自宅とほぼ同じ数値に)



1km毎というのは、かなり忙しかったが、

次女がずっと手伝ってくれたので、

ここまで計測できた。



途中の景色。


麦畑と、田植えの済んだ圃場.jpg
麦がたわわに実り、田植え、終了。 

でも、数値が高い地域だった・・・。




牛たち1.jpg
牛たちが東京方面へ向かっていた。どこへ行くのだろう。


牛たち2.jpg
なにが見えているのだろう。



それにしても1時間半、ALERTが鳴りっぱなしというのは、

やはりうれしいものではない。



どしゃ降りの大雨だからか、

往路よりも帰路のほうが数値が高かった。



そんな中、

オートバイに乗る人々を目撃したが、

彼らの被爆は、どんな具合なのだろう。

外からだけでなく、内部被爆の心配もした方がよいのではないだろうか。




景色を見たり、考えたりしていたら、


東京に入った。


東京に入った.jpg
0.5CPS   0.09μSv/h


うん、いつも見慣れた数値になった。



帰宅!.jpg
帰宅。



ただいまぁ〜。



計測、計測。


帰宅計測.jpg
0.3CPS 0.10μSv/h



三女が、腕によりをかけて作ってくれた、

我が家の夕食。


キャベツの胡麻あえ.jpg
キャベツの胡麻あえ


蕪の葉っぱのおひたし.jpg
"蕪の葉っぱのおひたし


糠漬け新香.jpg
自家製有機糠漬け新香


かぼちゃの煮物.jpg
かぼちゃの煮物


切り干し大根.jpg
切り干し大根


玄米と白米の、ハーフ&ハーフ.jpg
玄米と白米の、ハーフ&ハーフ


茄子の味噌汁.jpg
茄子の味噌汁



ふぅ。


いただきます。


ぱくぱく、もぐもぐ、

ああ、おいしい。


やっぱり自分の家の飯は、いいなぁ。


デトックス効果、きっとあるにちがいない。


ごちそうさまでした。



帰宅して、一息ついて、

ここ数日の出来事を考えてみた。



自宅に帰ってくると、

3.11以前となんら変わらない生活がある。

でも、ここからたった400km北には、

いまも被災しているたくさんの方々が、

必死で生きている。




2ヶ月半が過ぎて、

東京は、


「帰宅難民」


がたくさんでたことも、


「計画停電」


があったことも、

忘れようとしている。



でも、それはちがう気がする。



今回の災害は、今までのものとは規模がまったく違う。

なにから、どこから手をつけてよいのか、

途方に暮れる災害だ。



しかも、原発事故は、

終息どころか、

安定もせず、

日々、放射能を放出し続けているのだ。



たくさんの方々が、

悲鳴をあげたいに違いない。



東北の人々は、ほんとうに我慢強い。

そして控えめだ。



いま、ぼくたちにできることは、

かれらを肉親のようにとらえること。



単身赴任している父を家族がを想うように、

留学している息子・娘を、両親が想うように、

彼らのことを、想い続けることが必要だと感じる。



忘れてはならない。



そう想えるようになるのは、難しくない気がします。



一度、被災地に足を運び、

避難している人々と会話をすることです。



そうすれば、縁が生まれます。



大きな避難所は、ボランティアの方々も多く、

情報などもより集まるようですが、

小さな避難所はボランティアの方々も少なく、

いまだにネット環境も脆弱なので、

情報などは限られます。



ぼくがご縁をいただいている鳴瀬一中も、

そうした「小さな避難所」ですが、

ある意味では、そういうこじんまりとしたところのほうが、

人々と交わりやすい傾向があるかと思います。



また、援助物資を持って行くにしても、

500人分を個人が負担するとなるとたいへんですが、

数十人単位でしたら、個人でなんとかなる部分もあるでしょうし、

高価な物資でも、友人数名を集めれば、

なんとか購入でき、それを送り届けることも出来やすいかと思います。


援助というイメージを膨らませやすいといえます。



支援は、細くてもいいから、

長く続けることが大事だと感じました。



彼らが自立できるようになるまで、


なにができるかは分らないけど、


ぼくは何度でも現地に行こうと思っています。




これで、今回の宮城レポートを終わります。


長文を読んでいただき、ありがとうございました。




追伸:前回のブログを併せてお読みいただけると、

   被災地の現状がよりよくお分りいただけると思います。

鳴瀬一中へ、救援物資を届けに(宮城県東松島〜石巻被災地巡り1)

鳴瀬一中へ、救援物資を届けに(宮城県東松島〜石巻被災地巡り2)

鳴瀬一中へ、救援物資を届けに(宮城県東松島〜石巻被災地巡り3)



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