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えー、本日の、一喜一憂。



ゴミを出し、


洗濯物を片付け、


女将の昼ご飯に間に合うようにあわてて杏林大学病院に行くと、


彼女は、ちょっと不安そうな顔をしていた。



「ああ、来てくれてよかった」


「どうしたの?」


「あの、わたし、どこにいるかわからなくなっちゃった」



そう。

彼女は最近ときどき自分がどこにいるのかわからなくなっている。


「だいじょうぶだよ、ここはね、杏林大学病院」


「そう、わかった。でも、すぐこれから帰るの?

わたし、自分で帰れるかしら」



「だいじょうぶ、今は治療中だから、ここにいるんだよ。

主治医の先生も、仲良しの看護士さんたちもいるからね」


「うん、わかった」



と、まぁ、こういう会話は最近多くなってきている。


でも、いつもそうなわけじゃない。



症状が出ていないときは、いつもの女将。



ときおりブログにもアップしている、

あの笑顔で、普段どおりの会話を味わっている。



たしかに今は「寝たきり」だし、

ときおり「頭痛」が始まっているし、

今言ったように「認知症」のような症状もあるけど、

そうでないときは、ほんとうに「いつもの女将」なのだ。



だから、難病で重病ではあるんだけど、

元気といえば元気、と、

へんな言葉遣いになってしまう。



ところでヒトが、

「忘れる」

ということだけど、

女将のみならず、加齢加速中のぼくも

かなりいろいろなことを忘れるようになった。



幸いというか、我が家には5人の子どもがいるから、

彼らが「外部メモリ」になってくれるのでとても助かる。



その、

「忘れる」

という出来事。



女将は、ときによっては

「数分前の出来事」

でも覚えていないことがある。


たとえば、薬を飲んだこと。

いま食べた食事のこと。

看護士さんにパジャマの着替えをしてもらったこと。



でも、これがたとえば、

ぼくと初めて出会ったときのこととか、

学生時代のこととか、

好きな音楽のこととか、

そういう過去のことは即座に彼女のメモリから引き出されてくる。



きっと脳内の「保管場所」がちがうということなんだろう。



DJ.jpg
だから、こういう音楽をいっしょに聴きながら会話をしていると、

ときには女将は流暢に英語の歌詞でよどみなく歌いだすから、

そういうときは、驚くほど、

家族全員が、女将の病気のことを忘れている。



この病気、

と一括りにはできないと思うけど、

彼女の、彼女らしいところが、

よりいっそうはっきりと、あぶり出しのように出てくる傾向がある。



いってみれば、

生きるためのエネルギーとでもいおうか、

彼女が何に惹かれてこの世を生きているかということだ。



英語が好き。

可愛いファッションが好き。

食べることが好き。

ぼくのことが、好き。

あ、こりゃこりゃ。



英語に関しては、病室まで辞書を持ち込んで勉強していたから、

よっぽど好きなんだろう。

でも今は、左手がほぼ使えなくなってしまったので

辞書が引けなくなった。

新しい電子辞書をプレゼントしようかとも思ったが、

そういう「新しいこと」は、今の彼女の脳はまったく受け付けない。

新しいことを認識・学習することが難しくなっているのだ。



可愛いファッション、といっても、

彼女にとっての「ツボ」にはまった、という意味だけど、

「ツボ」にはまったら、その快感はずっと彼女の中で生き続けている。

その昔、LONDONで流行った「BIBA」というブランドは、

彼女のお気に入りだった。


biba3.jpg
こういうの。



このブログを書くためにちょっと検索してみたら、

それがなんと、復活していたのだ。



これを女将に知らせたら、すごいぞ。


生きるエネルギーがマグマのように湧き出てくるにちがいない。




三つ目、食べること。

これが女将の一番のエネルギーだと思う。



病に伏すまで、女将は

「一日中でも台所に立っていられる女」

だった。



とにかく料理が好き。

食べるのも作るのも。


今は残念ながら料理を作ることはできないし、

毎日が病院の食事だけど、

それでも病室には調味料を持ち込んで、

少しでも自分の風味に近づけている。

おそるべきエネルギー。



このところ、コンビニ弁当・惣菜を片っ端から食しているけど、

これも女将の想像力を刺激するためだ。



今でも我が家には電子レンジという物がないし、

今までぼくたち夫婦はまず、

ほとんどといっていいほどコンビニの弁当・惣菜を食べなかった。

作る楽しさを、コンビニにとられてたまるかということだったけど、

だから、珍しさということもあったけど、

食べてみて、その完成度の高さには二人で驚いたものだ。



こういう事柄がいまでも彼女を刺激するから、

彼女は貪欲にそれらを吸収し、生きるエネルギーに代えている。



あ、それと、ぼく、という存在も、ね



病室という特殊な場所で、だけど、


ぼくと彼女はいま、ふたりだけの静かな時間を味わえる。




彼女は病気だし、


記憶が飛ぶときだってあるけど、


そんなの関係ない。




ぼくは彼女の手を握り、


彼女はやさしく握りかえしてくれる。




それは、二人にとってリアルなことだ。


一瞬ではあっても、激しく深い幸せがそこにはあるんだ。







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