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はじめての、ゆでだし。後編


このブログのタイトル通り、


ぼくは今までに何回か被災地には伺っていても、


茹で出しに参加したのは、これが初めてだった。




今回もまだ女将の卒業式後の


「やるべきこと」が山積みだったから、


忙しくないといえばうそになるが、


えいやっ、と、


行ってよかった。



伺った現地の皆さんはお元気なご様子だったし、

茹で出しそのものを、とても喜んでくださった。




「茹で出し」は、

最初は、東松島の鳴瀬一中体育館で行われていた。



そこは、ぼくが初めてご縁をいただいた避難所で、

菅原さんとも初めてお会いした。


彼は避難所のまとめ役という、たいへんな重責を担っていた。



その後、避難所は解散となり、


人々はそれぞれ、新たな生活の場を探してゆくことになった。




激烈な大震災で被災をし、

生き延び、

避難所を点々とし、

仮設住宅に移り、

半年以上経った今も、

こうして避難生活をされている方々が、

ぼくの目の前にいらっしゃる。



彼らを見ていて3.11以後のいろいろな出来事が、

それこそ走馬灯のように脳裏を駆け巡った。



ここで今一度、

「被災をしなかった皆さん」

にも、ちょっと立ち止って、

3.11以後の被災された方々の生活を思い出していただければと思う。



拙なるブログで恐縮ですが、

こちらをご一読(再読かもしれませんが)ください



ありがとうございます。



さて。


鳴瀬一中が閉鎖されてからは、毎回場所のちがう仮設住宅での茹で出し。



リアナグループの横山さん率いるリアナ隊は、

もう何回茹で出しをしているだろう。

そして横山さんは皆勤賞。



横山さん曰く、

毎回最初は「アウェー」だという。

ところが翌日の朝食をお出しする頃には、

皆さんのご様子が「ホーム」に変化している、

それがうれしい、とおっしゃっていた。


なるほど、それはうれしい。

だって、晩ご飯をおいしいと思ってくださった証拠だもの。



でも今回の根古住宅のみなさんは、

最初から笑顔がいっぱいで「アウェー」を感じなかったのは、

ぼくだけ?



いずれにしても、リアナグループの全面支援によって、

この茹で出しは今後も行われます。

リアナ皆さんをはじめ、

資材、食材提供をしてくださっている関係会社の皆さん、


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本当にありがとうございます。



夕ご飯の茹で出しを終え、

ぼく、伊東史子さん、三女は山形へ入った。



それは、武田さん・勇気さんご夫妻からのお誘いがあったからだ。


ぼくらがこうして茹で出しのご縁をいただいたのは、

勇気さんの従兄さんが被災され、鳴瀬一中で避難生活をされているという

「被災地レポート」をメールで読んでいたからだった。


それを伊東史子さんに伝えると、

それなら横山さんだということになり、

リアナグループが全面参加してくれるという流れにつながった。



ぼくと勇気さんは大学で同級生だったし、

宮城へ来ると、被災地の情報交換ということで山形へ寄る、

というのがいつしかコースになった。



それから今回は、

三女の「ゴッドハンド」で、

伊東史子さんのお疲れをとって差し上げたいということがあった。

(伊東さんはこのところ少しお疲れ気味のようで、茹で出しも最初は躊躇っておられた)


三女は、父親がいうのもなんだが、

マッサージがものすごくうまい(親バカがそうとう入ってますが)。



黒森庵が激多忙なときでもなんとか営業できたのは、

三女のマッサージのおかげだった。



今までにぼくが受けたどんな、

マッサージ、気功、カイロプラクティックよりも、

三女のマッサージが効いた(ますます親バカです)。



そのことを伊東さんに話したところ、

「ぜし」

ということだったので、

山形で思い切りマッサージ三昧をしてもらおうということになった。



山形入りするとすぐに武田・勇気夫妻が連絡をくださり、

夕食にご招待いただいた。


生ビールを一気にいただき、


アケビとししとうの、胡麻汚し.jpgアケビとししとうの、胡麻汚し


山菜.jpg
山菜のおひたし


日高見.jpg
日高見。


芝えびと糸瓜のマヨネーズクリーム和え.jpg芝えびと糸瓜のマヨネーズクリーム和え


ずんだ.jpgずんだ


十四代.jpg十四代


クジラのベーコンの酢の物.jpgクジラのベーコンの酢の物


刺身と生クラゲ.jpg
刺身と生クラゲ


最後はもちろん、


芋煮.jpg芋煮


ご家族で経営されているようで、

どれもとても素晴しい料理、そして日本酒だった。


ああ、おいしかった、


ごちそうさまでした。


伝七.jpg
居酒屋「伝七」
住所:山形県山形市幸町5-1 B1
電話:023-622-4434




伊東さんは三女のマッサージを受けて、

ぐっすりと熟睡。


ああ、よかった。



ほろ酔いのぼくは、そのままベッドへ、ばたん。




眠りに落ちる直前まで考えていた。



・・・・・



被災地は、このまま復興してゆくのだろうか。



現状だと、そこには新たな


「災害に強い都市プラン」


は盛り込まれておらず、


「現状復帰」


最優先のようにみえた。



このスピードで現状復帰が進むと、


3.11前と同じような都市に戻ってしまうのではないだろうか。




少なくとも国道沿いのお店は、


建て替えなどではなく、


既存の店舗を修理して使用しているのが大方のようだった。




「災害に強い町づくり」をする前に、


どんどん人々は町へ戻り始めているようにみえるのは、


ぼくの目の錯覚だったのだろうか。




被災した方々が一日も早く


「元通りの生活に戻りたい」


と思う気持ちは痛いほど分かる。


しかもそれが先祖代々の土地だったりしたらなおさらだろう。




でも、1000年に一度の最大余震がきたら・・・



どうした・・ら・・よいの・・・だ・・




・・・老婆・・心・・・な・・が・・・ら、




Z・・・Z・・・Z・・・・Z・・z・・・・zzz・・・・








番外編へと、続く



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