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妻を憶う。


べつに命日でもなんでもないけど、

ふと妻のことを憶う。




妻は料理が得意だった。

なにを作ってもおいしく、

とても人懐っこい味だった。



お互い一人暮らしをしていて、

いつしかぼくは彼女の料理につられて同居していた。



一週間のうち6日、ぼくの仕事が朝8時半〜夜早くて11時、

遅いと深夜の帰宅でも、

必ず料理を作って待っていてくれた。



その料理の至福感といったらなかったが、

やがて素材の安全を求めて自然食品店から購入するようになる。

そして自然食・玄米菜食をはじめる。



自然食品店に出入りするようになり、原発の本を読み出した二人。

でも二人とも危険性は分かっても、止めるための行動はとらなかった。

とった行為は、選挙投票のみ。



痛恨。



その過去があるからぼくはいまこうして二人分抗議している。



彼女は人間である以前に動物だった。

良い意味で。



生まれたから生きる、

生きたいから生きる、

植物が太陽に向かうような、

生きることを喜ぶ姿が、そこにはあった。



自分が生きることを否定しない。

人を否定しない。

あるがまま。



病気をし、

その病気が一発レッドカードの重篤な脳腫瘍であっても、常に前向きだった。

じぶんの記憶が少しずつ消えてゆく状態でも、いつも明るかった。



不満一つ言わず、

最後の最後まで家族を愛し、

家族の愛を味わいながらこの世を卒業した。



彼女がぼくのこころに残してくれた愛。

これこそがぼくを生きさせる。



原発も、戦争も、公害も生き物には不要。



ぼくときみとのあいだに生まれた子どもたちが、

そして世界中の次世代の人たちが、

こころの底から笑顔で幸せに生きられるよう、

ぼくはこれからの人生を捧げます。



25年前.jpg
翌年、チェルノブイリ事故。







5月25日「TPP参加をとめる!5.25大集会」

6月2日 反原発☆国会大包囲

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