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Please Please Me と、薫ちゃん。


ぼくは The Beatles をリアルタイムで味わい、

The Beatles で育ったといってもいい人間だ。


ちょっとマセていたかもしれない。

実際には、ぼくよりもうちょっとだけお兄さんお姉さんが、

ちょうどど真ん中だったんだと思う。



The Beatles に関してはぼくの中にはいろんなことがありすぎて、

とても書ききれるものではないし、

音楽的なことは専門家にお任せすることにして、

おおざっぱに、でも感じたことをそのままに、

当時を思い返してみよう。


ぼくの小学校からの同級生で親友のお父さんは、

当時経営学の教授をされていて、世界中を飛び回っていた。

(ちびまるこちゃんにでてくる花輪君のお父さんみたいだね)



彼は、その時その時世界で流行しているものを、

息子のお土産に持ち帰っていた。

だから家の中には、

見たことのないようなお洒落な小物などがたくさんあった。



家もすぐそばだったから、

よく街中を自転車に乗って遊んだし、

うちに遊びに来たり、あるいは彼の家に遊びにいった。



そんなある日、その親友宅で聴いたお土産、

それがビートルズだった。


お父さんが北欧で買い求めたという話しだったような。

たしか、Please Please Me だったと思う。


ぼくは小学校6年生だった。

衝撃だった。



それはまだ日本でビートルズのレコードが発売される前のことだったから、

その親友、そして彼のお父さんのおかげで、

ぼくはいち早くビートルズを聴けたことになる。

まだラジオでもテレビでもまったく流れていない時に。



その親友はすぐにドラムを始め、

ぼくはすでにエレキギターを持っていたから、

彼の家に入り浸り、

一緒にバンドをやって遊んだりしたものだった。

なつかしい。



そしてその後はビートルズからローリングストーンズ、

ブリティッシュ・ポップス(ロック)などを聴きだすようになっていった。

彼がいなかったら、ぼくは今ごろどんな音楽を聴いていたんだろう。




その親友、

こないだ、この世を卒業した。


妻の闘病の時には見舞いにきてくれていたんだけどなぁ。



いつもいっしょに遊んでいたわけじゃないけど、

会えば一瞬のうちにうちとける、そんな仲だった。

学生のころは朝まで飲みあかしたり、

机をひっくり返すような大げんかもした。

いっしょに徹夜でオーディオ三昧もしたな。



彼はジャズ・バーを経営していたが、レコード収集家でもあった。

レコードがCDへ移行する時期、

彼は絶対にレコードの音が好きだ、

レコードのほうが音が良いといい、

一気に収集に走る。



たぶん2〜3万枚くらい所有していたと思う。

自分でも完全に把握できていなかったんじゃないか。


ビートルズのレコードだけでも、世界各国の独自企画版も含めて、

すべて所有していたと思う。



その膨大なコレクションは、

きっと老後、じっくりと味わおうと集めていたものだったと思うが、

それは今生ではかなわなかったね。



今ごろはあっちの世界で、

ぼくの妻と仲良く語りあっているに違いない。

いいなぁ、

John LennonさんとかMichael Jacksonさんにも会ってるんだろか。

き〜くやしい。



くやしさのあまり、ちょいとぼくも卒業したくもあるが、

いや(きっぱり)、次の還暦までにもう一仕事をするのだ。

あと59年あるから、きっといろいろできるであろう。

たのしいこと、やるぞ。

それまで眞弓(ぼくの妻)と、仲良くしていてね。



薫ちゃん(といっても、胸毛の生えた、180cm以上、最大時体重116kgの男だが)、


お幸せに。




The Beatles " Please Please Me "


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