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養老天命反天地



荒川修作さんとは二度ほどお会いしたことがある。

巨人と呼びたいほどのスケールの大きさ。



最初は、武術家の甲野善紀さんのご紹介だった。

二度目は、宮崎駿さんの二馬力のアトリエだった。



甲野さんからは、

「加藤さん、養老天命反転地は面白いから是非行ってご覧になると」

と言われ早20年。

ぼくはなかなかこれで出不精なのだ。



今回は多治見へ行く用事がある。

養老天命反転地はすぐ隣のようなもんだ。

今行かないで、いつ行く。


GO!

養老天命反転地.jpg
養老天命反転地オフィス、と書かれている。


オフィス内部.jpg
オフィス内部。

人が働いている様子はない。

床は平らなところはなし。

ていうか、ここで働けといわれてもなかなか難しそうだ。


いい感じの、蔦の絡まり方。.jpg
いい感じの、蔦の絡まり方。


" オフィス " を出て、隣をみるとまたもや巨大なオブジェのような建造物が。


養老天命反転地2.jpg


入ってみよう。


壁にめり込むバスタブ.jpg
壁にめり込むバスタブ。


ソファ、応接セットも壁に吸い込まれて。.jpg
ソファ、応接セットも壁に吸い込まれて。


無論、冷蔵庫も壁にしっかり収まっている。.jpg
無論、冷蔵庫も壁にしっかり収まっている(意味が違うけど)。


あらゆる通路?は迷路?になっていて、

しかも場所によっては人が通れないくらい狭い。

建造物の中は山あり谷あり。


子どもはきっと大喜びだろう。

よって、ぼくは大喜びなのだ。



マウンド状の「丘」を登る。



ここにも.jpg
ここにもオブジェ的建造物が。




一応、全貌.jpg
どーん。


丘かと思って登ると、そこはすり鉢状になっている。


正面の「緑の帽子」状のものが、現在補修中で足場がかかっていた。

よって、一部が通行止め。



降りて行ってみる.jpg
降りてみる。


すり鉢の、底部分。.jpg
すり鉢の、底部分。



なにか、ここら辺あたりから自分の感覚がズレだし、

船酔いのような感覚を味わいだす。


なにせ「平ら」な部分がない。

平行線、垂直線が見当たらない。

しいていえば木の幹が垂直か。

いかにぼくたちの生活がこれらに頼って生きているかがわかる。



それにしても違和感。

山を断ち切る城壁のようなオブジェの上に、

人工芝の緑の帽子が三つ。

いたるところに人工のオブジェ。



荒川さんが

「自然は、そこまでだ。ここからは俺の世界だ」

と線を引いちゃったようだ。



だがしかし、それに慣れてくると、

山という自然を借景にした、

養老天命反天地の真の意味を感じ始める。



自然って、なんだ。

人工って、なんだ。

人間って、なんだ。

生きるって、なんだ。

死ぬって、なんだ。



ぼくはやや肌寒い風を頬に浴びながら、

しばし考えるでもなく、

ぼ〜っと思い浮かぶに任せていたら、

突然、ぼくは荒川修作の胎内にいるような感覚に襲われた。



すごい。

ぼくは荒川修作に飲み込まれた。



とても得心がゆく感覚だったので、

しばし味わう。





はっ、と我に帰る。



ちょっと寒くなってきたな、

気を取り直して元来た道を歩み、

そろそろ出口に向かおう。



あれ?


岩になにやら文字が。.jpg
岩盤になにやら文字が彫ってある?



岩かと思ったら、銅板。.jpg
岩かと思ったら、銅板。



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猫も、銅製。



ここにあるものすべて、

なにからなにまでが、

第一印象と違う。


いちいちその度に、

その本質を問いただす行為が、

自分の中に自然に発生している。




荒川修作さんの言葉が聞こえてきそうだ。



アートは観るものではない。

触るものでもない。

感じ、

内部に入り、

同化すること。



そんな芸術は地球上、ここしかない。




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