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今日は伊勢参拝の、最終日。



早いなぁ、

なんだか猛烈な時の流れの早さだ。


あっという間に二日が過ぎ、

今日は伊勢詣りの最終日。



還暦+2で連日、

こんなにたくさん神社をお参りするとは、

ぼくの予定にはまったく入ってなかったなぁ。



もうひとつ、予定外のことがあった。

それはぼくじゃなくて、三女子リスなんだけど、

竹内さんが取ってくれた宿にはなんと、

バラ園があったのだ。


三女子リスは無類のバラ好き。

観ないで帰るわけには行くまい。



GO!


神宮バラ園.jpg
神宮バラ園


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まだまだもっとたくさんの品種があった。

三女子リスは狂喜乱舞。



おし、たっぷりバラを見たことだし、

では、最終日の参拝に行きます。


とにもかくにも竹内さんのスケジューリングが的確なので、

すべてお任せです。


猿田彦神社.jpg
猿田彦神社。


猿田彦神社 .jpg
全景。


その反対側には、


佐瑠女神社.jpg
佐瑠女神社。

こちらには、なんだか可愛らしい女性の神様がおられる感じがした。



では、と、

竹内さん、にやり(としたような印象。勝手な想像です)。


高速道路を経て、到着したのは、


最後は、ここ。.jpg
瀧原宮。


どんなところなんだろう、わくわく。



では、行きます。.jpg
では、参ります。


杉の巨木のトンネル。.jpg
杉の巨木のトンネル。


明るいところがあったり。.jpg
ところどころ、明るいところがあったり。


なにしろ巨木が多い。


そうすると、


どうしても触りたくなる。.jpg
どうしても触りたくなる。


人に人格があるように、

木には木格があるとしか思えない。



魅力的な人間に惹きつけられるように、


吸いつけられた。.jpg
吸いつけられました。


なんだかほっとして、

うれしい気持ちがしてくるんだよなぁ。



坂を下る。.jpg
この石段を下ると御手洗場がある。



ここが手水場.jpg
ここで手を清められるなんて。


こんなにきれい。.jpg
こんなにきれい。


内宮とはまた、ぜんぜんちがう雰囲気。



前を行くは竹内さん.jpg
前を行くは竹内さん。


いくら歩いても、ぼくら以外の参拝者に出会うことはない。


静かだ。


トトロに抱かれてる感じか。.jpg
トトロに触れる感じか。


見えた!.jpg
見えた!


ちょっと待って、まだ触りたい!.jpg
ちょっと待って、まだ触りたい!


こんな奥にある。.jpg
こんな奥にあるんだな。


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瀧原宮、到着。



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瀧原宮から。



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正面。


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祈る子リス2匹。




次は、


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瀧原竝宮。


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祈る三女子リス。


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待つ(見守る?)次女子リス。


なんか、テンションが違うぞ。

ぼくも自然と祈りに集中できる感じ。

ここは、外宮・内宮とも違う空気が流れている。



若宮神社は石段を何段も登った上に。.jpg
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若宮神社は石段を何段も登った上に。


若宮神社横にも巨木が。.jpg
ここにも巨木が。




次は、ここ。


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長由介神社。


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祈る、次女子リス。



ああ、なんだか「祈れた」ってかんじかな。



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記念撮影(by 竹内良幸さん)。



すべて「腑に落ちた」ところで、


すべて終わると、参拝の人々がどっと訪れだす。.jpg
参拝の人々がどっと訪れだす。


不思議なんだけど、

どこへ行ってもこの状態が続いていた。

まるで人払をしたように、

どこの参拝でもほぼぼくらの貸切状態だった。



さ、帰ろう。



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まだ、さわり、さわり。



極め付けは、この樹だな。



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ああ、うっとり。



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吸いつけられる、吸いつけられる・・・。



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ぼくも、記念写真を。




これで、今回のお伊勢参りは終了。


竹内さん、何から何まで本当にありがとうございました。



いろいろ感じました。

いろいろ考えました。



今回の突然決まった伊勢の旅。

すべては竹内良幸さんとの出会いからだった。



得るもの多大。

消化には時間が必要。

でもその中で感じたことをひとつだけ。



なぜ伊勢神宮が20年に一度「建て替え」るのか、

旅のあいだ、ずっと疑問だった。


でも、こうして短時間ではあるが、

次々とお宮(神殿?)を見続けていると、

やがて「潔さ」というものがぼくのなかに炙り出されてきた。



「もの」という存在はすべからく儚い。

ひとが作る神殿とて例外ではない。



100年保ったとして、

あるいは数百年保ったとして、

それでもやがては朽ち果てる。



朽ち果てることこそ、自然だ。

それが潔い。



また目に入ってくるデザインすべてがすばらしい。


いかなるディティールに至るまで、

徹底的に考え抜かれているにもかかわらず、

これ見よがしなところは皆無、

素敵に簡潔。



威厳がありながらも、

親近感さえ湧くその造形。



その芸術とも言うべき神様たちのお社としての建造物が、

20年間、朽ち続け、

その進行をすべての参拝客が見届ける。

その変遷は、あくまで自然なのだ。



遷宮が行われたのは2013年だから、

次の遷宮はぼくが80歳のとき、

伊勢神宮は蘇る。



人がなにも考えずに生きていると、

或る日突然伊勢は蘇り、

一方、人は老いているのだ。


そこで、なにか、

ある「気付き」があるんじゃないだろうか。

もしなかったとしても、

なんらかの、こころのスイッチが押されるのではないだろうか。



これを期にぼくは、

伊勢神宮の変化を観察してみたくなってきた。

そこを参拝する人々も見てみたくなってきた。



20年という遷宮の期間設定。


きっとなにかある。



ぼくは久しぶりに、

なんだかわくわくしてきたのだった。




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