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人それぞれの、7月31日。


今年もその日がやってきた。



人には、

それぞれの7月31日という日があるだろう。



ぼくにとっては、やはりそれは父の命日です。



ということは、お墓まいりだ、



GO!


今年のお墓まいりはいつもと違う。


母が去年の暮れ、

100歳でこの世を卒業したからだ。



そして、

ずっとぼくの寝床で一緒だった妻の納骨を、

母の納骨の日と一緒にしたからだ。


つまり、父、母、そして妻の遺骨が墓にある。


たまたま父の命日が一番早いので、

まずやってきた、と、

こういうわけだ。



ところが、草、ぼうぼう。



母が他界し、ぼくはずぼらだから、

いろんな書類が宙ぶらりんになっている。

墓の管理、つまり年間の管理と、

「草むしり」の年間費用が棚上げストップになっていた。



そうか、だからぼうぼうなんだ、

じゃ、草をむしるか。



いや、まてよ。

草とて命ある。



「雑草」とはいうが、

それって人間の勝手じゃないの?



墓の敷地には、すでにたくさんの命が芽生えていた。


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どうする。



きれいに掃除をするのと、そのままにするのと、

どっちがいいだろうと一瞬躊躇したが、

父と母はきれい好きだったから、

結論としては、掃除をした。



でもなぁ、自然の営みがすでに

そこここにあったんだよなぁ。



心境、複雑。



ぼくにとっては、

じつは、お墓はいらない。



死んだ後に、

あんなちっこいところに

ずっと居続けるなんてごめんだ。



だからぼくは妻と相談して

二人とも散骨と決めていた(すまん、父よ、母よ)。



でも、お墓参りをするものだという人は、

それをするのがいいのでしょう。

これじゃなきゃだめ、という問題ではないと思います。



父の場合は、自分でお墓を作っちゃって

そこに入ると決めていたから

そういうことになっていて、

母も去年他界し、

流れ流れでそういうことになった。



でも、こうしたこと(問題)というのは、

これからますますクローズアップされることだと思う。



きっと、

「お墓」ってなに?

「お盆」ってなに?

「死ぬ」ってなに?



そして、

「生きる」って、なに?



そういう時代に、ぼくらは生きているんだと。



快晴の中に時々



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ぽっかり浮かぶ雲を見たりしながら、

草をむしり、



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花を添え、



地球の平和、

人々の平安、

父、母、妻、親戚たち、

そっちの人たちと、みんなで、

やっていこーじゃないか、と

祈りまくってきました。



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光の美しさが、印象的でした。



父さん、命日、おめでとう!




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