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夢の、学校。 [超夢]


久しぶりに、夢の話し。


毎日毎晩日々、

超濃密な夢を見てはいるんだけど

このところは

起きると即記憶消去の日々だった。



今日はなぜか起きても覚えていた。

なんだかすてきな夢だったので、

それでかな。


どうやらぼくの母校(小学校)。


新しく講堂が建て替えられ、

そのお披露目パーティーのようだ。


すでに校舎は建て替えられていた。

昔は木造だったなぁ。

床に油を塗った日は、臭かったなぁ。

窓は木枠だったなぁ。

よくガラス、割れたなぁ。

ガラスを留めるパテ、臭かったなぁ。



ぼくは早めに到着していたので

各教室を散策。


各教室といっても

一つの部屋はものすごく広く、

隣の教室との境はなく、

申し訳程度に壁のようなものがあり、

それでなんとなく

教室の区切りなのだと分かる。


どこまでも見通せ、

向こう側の端は霞んで見えるほど。


天井がそれほど高くないこと以外は
(それでも4〜5mはあるかな)、

巨大な工場か、飛行機の格納庫のようだ。


天井からは暖かく目に優しい

自然光が入ってきているようで、

壁という壁は

暖色系の艶消しの白で統一されていた。


そこここに、

これも巨大な「作業台」のようなものが点在し
(その上で遊べるほどの)、

それがいわゆる「勉強机」にもなっているようだ。


椅子はキャスターがついたものがやはり点在するが、

そんなにたくさんあるようには見えない。

それほど座る必要がないのかな。



「作業台」の上には、子どもたちの

作りかけあるいは

完成間近の作品が置かれている。



その作品たちが、凄まじい。

全幅2m以上×全長2m以上の

飛行機の模型が見えた。


宮崎駿さんの「紅の豚」に出てくるような

大昔の機体なんだけど、

どこまでも緻密・繊細に作り込んである。


ふと作業台に目をやるとルーペが置いてある。

そのルーペで見てみると、

さらに作り込みの超絶さが分かる。


機体のノーズ付近を覗いてみたら

「宮崎さん、ありがとう!」

と書いてあった。



またある作業台の上には

高層ビル建築群の模型があり、

それも鬼のような作り込みがなされていた。



作業台と作業台の間も巨大な空間で

床での作業をしようと思えば

なにを片付けることもなくいつでもできる。



なんでもできる空間。

そう、ここは教室なんだけど、

なにをやっていてもいいのだ。


ものを作りたければいくらでも作ってよい。

始業の時間もなければ、

お昼ご飯の時間もなければ、

帰宅時間まで、

ずっと一つのことに集中していてよい。



先生が通りかかったので、ちょっと立ち話をする。


「先生」という存在は、基本的には

ただ子どもたちを見ているだけで、

子どもたちから質問されたり

助力を依頼された時だけ彼らと関わるが、

それ以外は手出し口出しをしないそうだ。


それは、先生といっても

子どもたちから学ぶことも多々あり、

お互いの交流の中から

自然とそういう形になってきたそうだ。


時には先生たちが知っていることで

子どもたちに役に立つことはもちろん伝えるが、

それも授業を行なって、というのではなく、

その時々の自然の流れの中で発生した時、

各々にマン・トゥ・マンで教えるそうだ。



実際、リミッターを外した子どもたちの

想像力・創造力の凄さ・すばらしさは

これらの作品群を見るだけで分かる。


よく幼稚園児などが描く絵を見て

「子どもは天才だ」

などと言ったりするが、

それとはまったく次元の違う世界が

ここにはある。



この、超精密・繊細な模型を作っているのは

小学2年生の男の子だ。

どんな世界中のモデラーが逆立ちしてもできないような

模型を作り上げているのだ。



そういえば、国語とか、算数とか、

そういったことは教えないのかなと思ったら、

「基本中の基本的なことだけは教えたりしますが、

子どもたちが『作りたい』『想像したい』と願えば、

自分たちで勉強したくなるので、

自然と身についていってしまうんです」

というお話しだった。



たまたまぼくが見たのは「教室」だったけど、

音楽・絵画・彫刻などの芸術分野を

存分に発揮できる「教室」も用意されているという。



「あ、そろそろお時間になります、ご一緒に?」

と言われ、

ああ、そうだったと気がつき、

先生のあとをついて行く。


目が覚めた。



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