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できるだけ、消費しないで、生きる。 [こころのなかの、こんくらい]



ずっと、ん十年も感じ続けてきたことだけど

朝起きたらそれが言葉になっていたので

備忘録として。


そして、元デザイナーとして

懺悔として。



現代において

人びとを取り巻く生活環境は

「ある目的」のために構築されている
(あるいはデザインされている)

と感じて、ぼくは生きている。



それは、消費だ。



朝起きて、寝るまで、消費は続く。



朝、暗ければ電気を付け

寒ければ(暑ければ)エアコンを入れ

トイレでお尻を洗ってもらい

トースターで焼いたパンを食べ

家を出る。



駅でスマホ(パスモ)をかざし

電車の中でスマホでニュースを読む。



出社すると、社内はどこも

煌々と照明が照らされ

各デスクにはパソコンが。



昼は社員食堂か

立ち食いそばか

仕出しの弁当か

どこかのランチメニューか。


いずれにしても

お昼を食べない人は

ほとんどいないんじゃないだろうか。



午後も会社で

人工光とパソコンに囲まれて

仕事をし、残業もし、退社。



再びパスモをかざし

電車・バスで、帰宅。



テレビを点け

晩ご飯を食べ

風呂に入り

深夜までネットかテレビを見

やがて、就寝。



生きるということは

常にエネルギーの消費と直結している。



その筆頭エネルギーは、たぶん電力だろう。



そのプラットフォームの構築には

公共事業がかかせない。



発電所、鉄道、工場、道路、飛行場、

公共事業には、ゼネコンが欠かせない。



人々の働く高層オフィスビルも

ゼネコンなしには建設できない。



気がつくと

ぼくが子どもだった頃の

雨が降ると水たまりだらけになる砂利道は

いつしかコンクリート舗装された道路になり

バス・自動車が我が物顔で走り回り

鉄道は都下丘陵地帯にまで伸び

地下鉄と相互乗り入れになり

高速道路・新幹線は

日本列島を縦横無尽に走るようになり

地方各地に飛行場ができた。



そして、いつのまにか

日本列島にはたくさんの

ダム・原子力発電所が出来ていた。



たぶん、これは

世界的・地球的規模で起きてる出来事だろう。



そのような環境の中で

人々は日々、生き

人々は日々、消費し

人々は日々、ゴミを排出し

そして、日本全国に

ゴミ焼却施設ができた。



このままでいいのだろうか

という疑念がぼくには、ある。



これが、人々にとっての

「健全な姿」なのだろうか、という。



これからの時代というのは

その場で自給自足・地産地消でき

できるだけ消費をしない

できるだけゴミを出さない

そういうことが

新たなトレンドになるんじゃないか。



そう思って、生きてます。



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