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素心 本心 投心。 [小黒森庵]



どこまでも見渡せる

広い野原のようなところに

片道二車線(計四車線)くらいの

砂利道にしては、とても広い。


砂利道?



野原と道路の境界の「ガードレール」は

なんと穴の開いた杭に、荒縄。



いつの時代だ?



ここはどこだ?



その道路の路肩(もしくは野原側)に

どこまでも続く

セメント製の直径40cmくらいの球がゴロゴロ。



その端っこを見ようと目で追うが

遥か彼方は霞となる。



一番手前の道路と野原の境目のところに

子供時代のしのさんが。
(学生時代からの友。
ぼくは彼女の子供時代は、知らない)



「だめ、これはこわしちゃ、だめなの。

わたし、さいごまで、まもるから」


といって

とうせんぼのジェスチャーをしている。



どうやらその球は

街路灯の一部というか

とても薄いセメントの球で

「透かし」が入っている。


よく見るとその透かしは

「心」と「ハート」が

一体化されてデザインされていた。


夜になると中の電気が灯り

それが浮き出るようになっていた。



半分泣きべその、その女の子は


「これね、わたしがつくったの。
(デザインした、という意味)

でも、みんなは

ふるくなったからとりかえるっていって

はずしちゃったの。


でも、わたし、これだいすきだし

まだぜんぜんちゃんとしてるのに

でざいんがふるいからっていって

みんなとっちゃったの。


どうするの?

ってきいたら、このあとこわすって。


わたし、やだから

ずっとここにいます!」



すてきな街路灯(灯篭?)だった。


素朴だけど、芯が通っていた。



最新の製造技術なのだろうか

極薄の、でもそれはたしかにセメントだった。



どこを見ても風化もしていなかった。



そのとき、声が聞こえてきた(文字だったかも)。



素心 本心 投心



素人で、いいじゃないか


本気なら、いいじゃないか


ありのままの心を

ひとに向かって投げつけるのだよ





デザインって、なんだ?



デザイナーって、なんだ?



そんな感情が沸き起こった。



ぼくは「デザイナー」だったし

今でもやろうと思えばデザインはできる。


小黒森庵も、デザインしたのはぼくだし。



やり切った、という実感を持てたのは

でも

今回が初めてのような気がする。



今回の小黒森庵は

自分の心の赴くままに

自分のできるだけを表現した。

誰に指図される事もなく。

だから、かもしれない。



デザインというのは本来

その原点は「喜び」のはずだ。



現代社会においては

今でもスタートは

デザイナーの喜びかもしれないけど

それがやがて

「マーケティング」

「コスト」

「製造技術」などという言葉によって

削ぎ落とされてゆく。



言い方を変えれば

誤解を招くかもしれないが

最終的にはコストとのせめぎ合いになる。


心とお金を天秤にかける作業が

どこかに入る。



そういったものたちで取り囲まれているのが

じつはぼくたちの世界だ。



でも、本来のデザインとは

自分が喜ぶことだ。



その次には

自分が喜んだその空気を

周囲の人たちにプレゼントする事だ。



それはじつは、特別な行為ではないんだ。



だれでもが持っている、心の動きなのだから。



それを、その人の個性で表現する

それがデザインなのだと、ぼくは思う。



デザインも、料理も、音楽も

じつはその根っこは

みな同じものなのだ。



素心 本心 投心



そんな、超夢を、見た。





P2070413.jpg
(インゲンの肉巻き、ハートだらけだった♪)


長女子リスがスペインのひろこさんから

お土産でいただいた胡桃を割ったら

ハートだった。







ちょっと、いい夢だったな。



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