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音楽の力を、信じて。 [ディマシュ・クダイベルゲン]



なぜか、惹かれる。



たまたまインタビュー動画を見つけたら

どうしても内容を理解したくなってしまい

無謀にも翻訳してみたら

25歳の

彼の器の大きさに驚いた。



カザフスタン語→英語→日本語だから

伝言ゲームみたいだし

あくまでも素人の訳なので

大きな広い心で読んでください。

(本文だけなら6分半程度で読めます)




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視聴者の皆さん、こんばんは。

私が今手にしているこの絵は
子供の落書きに見えるかもしれません。

でも、近くで見てみてください。

これは大きな夢へのチケットなのです。

その彼は、彼の芸術によって
母国カザフスタンのみならず
全世界を制覇した歌手です。

彼の声の音域は音楽用語でいうと
5〜6オクターブと言われています。

さあ、今日のゲストは





Dimash Kudaibergen - Interview ~ Димаш Құдайберген - Сұхбат

ディマシュ・クダイベルゲンさんです。



Dimash(以下D):こんにちは。

Interviewer(以下I):ようこそ、よく来てくださいました。

D:過大なご評価をありがとうございます。

I:あなたに来ていただけで
  私たちとってもうれしいです。

  まず最初に
  インタビューを始める前に気がついたんですが
  あなたはこの3年というもの
  どの国内のテレビ番組でも
  インタビューを受けておられませんね。

D:はい、そうですね。

I:同意なさいました。

  ということは、これはなにか
  カザフスタン国営テレビに
  特別な感情などおありでしょうか?

D:理由というのは、もちろん
  長い間ずっと外国にいたので
  ここ数年というもの
  インタビューを受けていないのです。

I:昨日あなたはミンスクからお帰りになったばかりです。
  第二回ヨーロッパオリンピックゲームの開会式に
  あなたはいらっしゃった。

  あなたのページそしてAnna Netrebkoさんのページで
  拝読しました。
(※たぶんFacebookだと思う。ロシア出身のソプラノ歌手) 
 
  あなたはステージにいて
  そしてイゴールさんはステージの後ろで 
 「この曲はつい最近書いた、私の曲です」
  と彼女に説明していました。
 (※イゴール・クルトイ 作曲家・プロデューサー)

  するとだれかがAnnaさんに質問したのです
 「ディマシュさんのことをどう思われますか?」
(※たぶんFacebook上で)

  そしたら彼女はこう書いていました。
 「ユニークな声、そして才能がある」
  と。

  そして、ちょっと振り返ってみたいんですが
  あなたは過去にAnna Netrebkoさんのことを
 「私のアイドル」と書かれていましたが
  そうですか?

D:そうです、もちろんです。
  彼女の芸術に加えて
  非常に豊かなスピリチュアリティを感じています。
  
  彼女のパフォーマンスを見てからというもの
  ずっと憧れ続けています。

  子どもの時からの夢で
  「彼女と同じステージに立てたらどんなに素晴らしいだろう」
  と考えていました。

I:ところで、その「夢」の話ですが


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  こちらも、夢ですね(絵を片手に)。

  当時あなたはご両親にたいして
  あなたがこのような夢を持っているということを 
  お見せしましたか?

  結局、今すべてが叶っているじゃないですか!

D:はい、これは・・・

I:すでにあなたはご自分のアルバムを出された。
  たった37秒で「プラチナディスク」になりましたね!

D:アラーの神に感謝します。

I:はい、そしてあなたのファンクラブが
  全世界120カ国にある!

  これらは・・・ん?
 ・・・歌うために必要な・・・
  アンプ・・・ステージで使うものたち・・・
  これはスピーカー?

D:そうです、こちらはステレオで
  こっちのは音響のためのアンプで
  これはギターアンプです。
  これはプリアンプと呼ばれているもの。 
  そう、これが子どもの頃の私自身です。

I:ははは、あなたそのものですね
  ここにディマシュがいる。

D:もし記憶が間違っていなければ
  これはたぶん3〜4才の頃に描いたものです。
  当時ぼくはとにかく楽器・音響機器、舞台とか
  自分がステージに立つ時のことを描いていました。
  
I:現代において心理学者とかビジネスのコーチなどは
 「肯定しなさい」とか
 「夢マップを作りなさい」と言いますが
  3才のあなたは
  その時すでにそれをやっていました。
  それゆえ、今
  あなたは大きなステージを制覇しましたね。

  これらのあなたの夢のいくつかが
  アーカイヴとして保存されています。
  ちょっと見てみましょう。


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(子どもの頃のディマシュさんが映し出される)

子 D:ぼくの夢は終わりがありません。

   でもぼくの夢で一番大事なことを言うと
   ぼくたち家族が平和でいること、知識が豊富であること。

   そしてそれがカザフの人々へ貢献することになる
   やがてぼくは良い市民となって
   カザフの人たちに良い影響を与えられるといいなぁ
   これがぼくの夢の中心にあります。

司会:ブラヴォ! 
   あなたがこの夢を達成するにあたって
   誰か「目標」あるいは「お手本」
   となる人がいますか?

子 D:カザフスタンという国に貢献したり
   影響を与えることができる
   すべての科学者、詩人、物書きの人々です。

   ぼくは詩人、物書き、偉大な人々を
   お手本にしています。

   ひとりはAbai Kunanbayev
   そして二人のヒロインAliya とManshuk
   彼女らをお手本にしたい。

   なぜなら、Abai Kunanbayevさんは
   「Book of words」という本の中で
   少なくとも小さな貢献をしよう
   人々は必要なものを受け取り
   不要なものは残すように
   と言っています。

   そしてAliya とManshukさんは
   彼女らの20年間で
   私たちに平和な生き方を与えてくれました。
   ぼくは永遠に感謝します。

I:なんという少年でしょう、ね?

D:なんか良い子っぽそうにみえますね。

I:ディマシュさん
  あなたは大きなコンペティションで
 「砕氷船」のように突破して行きました。

  この3年間あなたはロンドン、モスクワ、中国そして
  米国での大きなコンペティションに出場しました。

  でもたった今も、2〜3年前のあなたのように
  謙虚なディマシュが見えます。
 
D:うん、ありがとう。

I:あなた自身が言っていたことだけど
  あなたの職業は
  あなたが際立っている必要があると言った。
 (頭角を現す)

  頭角を現すようになって(有名になって)
 「ぼくの人生は変わったか?」
 「ぼくは変わったのだろうか?」
  と自分自身に問うてみたことはありますか?
 
D:もちろんです
  毎日自分自身に問うています。
  偉大な科学者であるOmar Khayyamさんは
  とても良いことを述べています。
  これはロシア語の引用ですが
  「だれが幸運でも金持ちであっても、羨むな。
  結局のところ、夜明の次には太陽は昇るものだ」

  ですから、今のところは、いってみれば
  自分の身に起きている興味深い出来事
  アーティストとしての人生というものは
  ざっくばらんにいっちゃうと
  一時的なことなのです。

  ある日、ステージを降りて
  観客の人々といっしょに座ったとします。 

  私が観客といっしょに座った時
  昔いっしょにたむろした仲間だったり
  あるいは全然知らない人だったりしても
  彼らの目線で 
  彼らと温かい情報交換がしたいです。

I:そのような視線が
  成功への階段への助けとなる、と?

D:成功への階段へ行くためには、助けが必要です。
  その助けとは、創造主です。

  その次は
  常にサポートしてくれ受け入れてくれる、両親です。
 
  だれでも各々には「先生」がいます。
  スピリチュアルだったり、専門分野だったり。

  人生の先生、私の場合、最初のアイドルは


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  お父さんでした。


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  そしてお母さん。

  そして子どものころから
  自分には倣うべき特別な人がいました。

  1999年かあるいは2000年でした
  私が4〜5歳のころ通っていた小学校は
  Ahmet Zhubanov College of Musicの
  隣に建っていました。

  やはり4〜5才の頃
  その音楽学校へ登録しました。

  最初の年に、


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  私は舞台に立ちました。

  その時私は
  「あなたたちの前には未来のMarat Aytimovがいます!」
  と紹介されました。

  小さい頃から家ではMarat Agaさんはよく観ていました。
  当時はみんな若かったですし興味津々でした。
  その頃からMarat Agaさんのクラスで
  学ぶことを夢見ていたのでした。

  私にとってMarat Agaさんは
  私の専門分野の教育を強化してくれたのみならず
  芸術のみならず人生を教えてくれました。


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Marat Agaさんとディマシュさん。
  
  つい最近Aktobeを訪れました。
  そしてMarat Agaさんの教室へ行き
  共に練習をしてきました。

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  現在私は外国の先生の元で練習をしていますが
  ほとんど心配というものはありませんでした。
  でもMarat agaさんの前では緊張したのです!

  なぜだか分かりません
  でも彼はなにかしら
  私に期待をかけてくれているのでしょうか。

I:親愛なるディマシュさん
  あなたの音楽のテイストについて
  聞きたいことがあります。

  もちろんあなたも私も
  カザフのショウビジネスの企画について
  様々な理解があります。
  私たちはお互いに一般大衆の好みを理解しています。

  そうした中で
  あなたは全く異なった方向性を選び
  再び頭角を現した。

  それは、結婚式の歌ではないし
  座興的な歌でもなければ
  コーラスで始まるような慰めの歌でもない。  
 
  でも、そこには複雑に描かれた
  本当に素晴らしい構図があります。
  あなたのオリジナルな方向はとても明確です。

  でも、これらのコンテストに参加することで
  音楽業界、とりわけグローバルな音楽業界で
  あなたの場所を見つけるという
  あなたの当初の目的は?

  もしくは
  もしかしてあなたはこちらへ戻ってきて
  こちらでカザフの人たちと
  働く(歌う)つもりでしたか?

D:そうですね、カザフのことわざに
  「夢を持たない人は、森のない小夜鳴鳥(ナイチンゲール)だ」
  私の子どもからの夢とゴールが満たされたのは
  多分、アラーの神さまの大きな力が働いたのだと思います。

  ただ、私が好きな音楽の方向性というのは
  ちょっと異なっています。
  ポップミュージックに起因するものでもなければ
  オペラのジャンルでもないのです。

  なぜなら、私は「ネオクラシック」とでもいう
  クロスオーヴァーな方向性を開発しているからです。
  私は、このジャンルを試しています。

I:そのような曲の形態で有名になることは
  とても困難なことかと思います。
 
D:とても難しいことです。

I:この方向性というのは
  ホイットニー・ヒューストン、フレディー・マーキュリー
  セリーヌ・ディオンたちが選んだ方向性です。
  大きな市場が必要です。
  この市場へ参入するのは、大変な困難を伴います。

D:でも、私は自分の方向性に限界を設けたくありません。
  なぜならば・・・
  レイ・ブラッドベリがとても素敵なことを言っています
  「あなたが17才の時、あなたは何でも知っている。
  あなたが27才の時、あなたがまだなんでも知っているならば
  あなたはまだ17才なんだよ」って。

  なので、未来において
  さらに10年後において
  いまここにいるディマシュと同じじゃないと思うんです。
  20年くらい音楽研究所で学び
  毎年、知識・技術を改善するためにたくさん仕事をしてきました。
  いま私は25才です。

I:あなたの言葉を引用させてください。
 「Slaviansky Bazar」から戻られた時のインタビューで
  あなたはこう言いました
 「私は自分自身で構造を作り、戦略を立て、見積もり、そして演じる」

D:そうですね、「音楽制作」とはそういうものです。
  私のレパートリーの歌、歌の構成、
  ビギニングーサブトーンとダイナミクス
  曲の中間部ーエンディングークライマックス
  そのすべてを私自身が作曲しています。

  途中に楽器的なメロディーラインが必要ならば
  少し作曲します。

  そして、
  素晴らしい親友のErlan Bekchurin
  あなたに大きな感謝を捧げます。
  彼は私が注文したことを正確に
  私が想像した通りにやってくれます。
  素晴らしい才能です。


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Erlan Bekchurinさんとディマシュさん。


I:ディマシュ、最初は小さなオクターヴから始まって
  4〜5オクターヴへと増大させ
  あなたの声の帯域を広げる・・・
  それは天からの授かりもの?
  それとも喉頭の筋肉を
  例えば、日々のジムの筋トレみたいに?

  奇跡のような、魔法のような
  秘密を明かしてくれますか?

D:多くの人々は1%の才能と99%の努力といいます。
  努力はその人を磨き、人は育つと思います。

  でも、まず最初に、天賦のものです。

  私たち一人一人はアラーの神から
  完璧な才能を預けられているのです。

  毎日あるいは一日中練習をし続ける。
  これはもう、大変なスポーツなんです。

  でももしだれかが3オクターヴに広げようとしても
  これは誰でもができるわけではないんです。

I:あなたにとって、3オクターブに届いた
  あるいは4オクターヴに広がった
  そういう出来事は「ニュース」のようなものでしたか?

  そうなったとき、あなたは
 「おお、今日僕は次のピークへ達した
  次のステップを登ったぞ!」と思ったのですか?

  それとも、或る日突然
  あなたが4オクターヴ出せることに気づいた?

D:いいえ、もちろん、声というものは
  自然から与えられたものです。

  一方で歌い方を練習することで
  経験、時間とともに3音調、
  3音調高く、あるいは3音調低くすることができます。

i:そこで再びMarat Aytimovさんのスクールなわけですね。

D:その通りです。

I:では、これはカザフスタンの
  歌の学校での成果ということですか?

D:もちろんです。

i:あなたの一番低い音はどの音?

D:覚えていないなぁ、毎回ちがうから。

i:毎回毎回、ちがうと。
  では、一番高い音は?

D:毎回ちがいます。

i:そうか、それは秘密なんですね!

D:そう、秘密です。

D:人々がその歌手の出せる音域について話すとき、
  それが6オクターヴだろうが5オクターヴだろうが
  あまりそこだけに注目してほしくありません。


(※Dimash D8 High note 「チ〜」という音がそれです)
  
  これは私の単なる「道具」に過ぎません。

  私の主な目標というのは
  その人の「日常」をちょっとだけ壊して
  その人を「ファンタジーの世界」へ
  連れて行くことなんです。

I:ディマシュ、Al-Farabi さんが
 「音楽は純粋に数学だ」と言っていました。

  そしてあなたは大きなコンペティションに
  自ら司令官もしくは団長として
  戦略的に準備をされていて
  やがてあなたは
  対戦者たちのことを完全に知ることになります。

  そこであなたは彼らの
  ウイークポイントを知る必要が出てきます。

D:その通りです。

I:どこで彼を打ち負かすことができるか
  あるいは
  あなた自身の弱い部分を知ることになるかもしれない。

  同じように、あなたがSlaviansky Bazarに行く前、
  Vitebskに行こうとしているすべての
  男の子・女の子たちの歌を知ることになりましたね。

D:はい。

I:「もし、彼の後にぼくがステージに上がるとしたら
  ぼくならこの側面を表現しよう」
 「ちょうどのポイントでぼくの最も輝かしい声を聞かせたい」
  とおっしゃった。

  結局のところ
  ダイヤモンドは磨かないと光らない
  それと同じことです。

  この点について、コンペに参加しようとしている若い人たちに
  どうやって準備したらいいとお考えですか?

D:「ヴォーカル・トレーニング」という考え方があります。

I:声を鍛える必要があると。

D:はい、一般的にコンペに参加する前の
  どの歌手も、あるいは舞台で演じる歌手も
  自分に訊いてみるといいですね。

  「私は国を代表してコンペに参加するにふさわしいか?
  あるいは大ステージで演ずるにふさわしいか?」

  もしその人が毎日自分にこの質問をし続けるたとしたら
  それだけで間違いなく一歩前へ進んでいるでしょう。

  偉大なオペラ歌手ルチアーノ・パヴァロッティさんは
  世界一の声、世界一のテノールと言われた彼ですが
  70歳人生最後の日まで
  ヴォイストレーナーと訓練していたんです。
  私たちには、外からの「耳」が必要なんです。

  人も、歌手も
  自分自身を正確に聞くことはできないんです、けっして。
  その人の声は、常にその人にとって美しいものだからです。

I:あなたは、一日にどのくらい練習をなさるの?

D:3時間です。

I:だれがそばで聞いていますか?

D:先生として、中国には先生がいます。
  この人はアジアとヨーロッパの
  ビッグスターたちのトレーナーです。
  彼と練習をしています。

  ただ、十分に時間が取れないときは
  鍵を持ってピアノを弾きに行きます
  自分で個人練習ですね。
  
I:アゼルバイジャンの有名な歌手Polat Bulbulogluさんが
  Slaviansky Bazarコンテストであなたに賞を授与する際に
 「カザフスタンから来た子は、ただただユニークだ。 
  彼は一人で3つの歌声を持っている。
  とてもよい低音、平均的な通常の音階、そして高音。
  大変希少な声だ。
  そして彼はこれら3つの声を大変専門的に使いこなしている。
  間違いなく、私たちは未来のスターを見ている」と。

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  それは2015年でした。
  Polat Bulbulogluさん、順番でいうと
  彼がアゼルバイジャンの有名な民族音楽を歌うとき
  彼も高い声・低い声、深い・優しい響き、
  そしてナイチンゲールのように歌うのです。
  間違いなく、ナイチンゲール!

I:さて、もう一つ質問です。
  トレーニングに関して
  テコンドーと水泳、どちらを選びますか?
  多分、それはあなたの肺を強化して
  そこから得た技法が
  ヴォイストレーニングに必要なのでしょうか?

D:もちろんです。思春期の頃
  そうですね3〜4年間、
  もし間違っていなければ、テコンドーを練習しました。
  ほぼ赤帯まで行っていたのですが
  時間が足りなくて・・・
  あの時はテコンドーか、あるいは・・・
  スポーツか、音楽家どちらか
  という選択に迫られていました。

  そう、なぜなら、時間がなかったんです。
  そしてさらに
  内臓に欠陥が現れ始めたんです。

I:あなたの健康が下を向きだした。

D:そうです。それから私は練習を止めました。
  そして、もし間違っていなければですが
  この5年間は水泳をやっています。

  水泳は大好きでした。
  これまでのところ
  どんな国のどの街のどのホテルに宿泊しても
  私はプールへ行き
  自分なりのエクササイズをしました。
  なぜならば
  歌を歌うことは純粋にスポーツなんです。

  純粋なスポーツ。純粋な数学。

  
  あなたが音を自分の体で作る時
  それを横隔膜に送って・・・
  横隔膜は巨大な台風を引き起こし・・・
  胸部共鳴器というようなものになり
  顔、口の中には共鳴器がありますし
  頭の中では、額にそれがあります。

  それら「共鳴器」に力を込めるのです。

I:それは、ある種
  筒のようなものになるわけですね。

D:そうですね、それはまさに・・・
  たとえば、ひとつの化学反応を起こす時
  それが自然と順序立てて行くことを知っています。

  同じように、息が上がり、空気も上がり、
  でも、肩は上がっちゃダメなんです。
  そういうことになっている。
  
  それを毎日
  筋肉を使って訓練する必要があります。

I:ちょっと世界的な音楽産業のことを話しましょう。

  あなたは国外へ出て行かれた。
  そして「I AM A Singer」という番組に出場された。

  ステージに上がった途端
  あなたは聴衆の意識を変えた。

  そしてあなたは、誰もが忘れられないような
  素晴らしいパフォーマンスを演じました!

 「砕氷船」として、たしかにあなたは
  圧倒的な力を持って飛び込んで行きました。

  さて今度はこの装置(音楽産業)は
  あなたを歪ませようとしています。

  ご自分を、どう変えなければならなかったですか?
  
D:「I AM A Singer」という番組は
  「特別なパス」を克服したという意味において
  私の人生にとって一つの区切りでした。
  特別に忘れがたい一時です。

  このコンペティションの最初の日に
  舞台へ上がろうとしていたんですが
  とくに一生懸命準備をしました。
  ものすごく緊張していました。

  なぜならば私は生まれて初めて
  2億人の聴衆と出会う瞬間だったからです。

  「カザフスタンから歌手が来たってさ」
  「なんていう歌手?」
  「まぁ、そこそこのレベル?みたいな?」

  私にとって
  そういう言葉がふさわしかったりしたらと
  とてもナーバスになっていました。

  なので、私はベストを尽くしました。



  「IAM A Singer」

  よく言われるように
  「もし気にいらなかったとしても、どうか責めないで」
  という気持ちで。

  8週目まで来た時
  私の喉はすごく腫れていました。

  完全に病気になり
  話す声さえ出ませんでした。

  でもステージに立たねばならない。

  5本の注射を喉に打ちましたが
  声は戻りませんでした。

  でも一方では
  大きな期待を持って見に来てくれる
  たくさんの人々がいる。

  なんとかして声を出し
  声に集中し
  ステージに上がりました。

  ところが歌い出してみると
  実際はとても痛かったのですが
  自分の声が現れ
  そしてクリアに響いたのです。

  話せなかったにもかかわらず
  私の声は戻ってきた
  でも、ステージを終えて離れると
  声は再びどこかへ消えてしまいました。

  私はこのことは
  アラーの全能の力だと信じています。

I:そして夥しい契約書が舞い込んできて
  人々は
 「ディマシュ!ディマシ!」
 と憧れ出します。

 「私は何をしたらいいんだ?
  こういうことになってるの?」
 とかお考えになったりしませんでしたか?

D:その時は、もう
  言葉にできないくらいの気持ちでした。

  なぜならば1月21日に
  そのプログラムはテレビでオンエアされたのですが
  1〜2日くらい
  中国のインスタグラムにアップされただけで
  数日後には600万ビューに到達したのです。

  私はまったく理解できませんでした。

  翌日私が目覚めると
  マネージャーが私のところへ来て
  「ディマシュ、おめでとう、わお、すごい!」

  私はなんだか誇張して言ってるんじゃないかと
  あまり気にしていませんでした。

  というのは、私はもうすでに
  次のツアーの準備に忙しかったのです。

  それから「I AM A Singer」の番組枠で
  ドキュメンタリーの撮影がありました。

  私たちは市場を歩くシーンが必要でした。

  ドアを開け外へ出てみると
  しっかりした体格の警備員が。

  「なんで彼らが必要なんだ?」

  なんだかよくわからなくて
  なんでかな、と警備員を見る。
  警備員も不思議そうにぼくを見る。

  お互い見合って、私たちは混乱しました。

  (車に乗って)車から降りると
  叔母さんがぼくに気付いて駆け寄ってきました。

  今でも覚えています。
  私は怯えていました
  『ぼくはなにか悪いことしたかな?」って。

I:(叔母さんは)最初の「親愛なる人」でしたね!

D:そうです。やがて人々が集まってきて
  彼らはうれしい願いを知らせてくれたので
  やっと「ああ、なにかが起きたに違いない」
  と思いました。

I:「私がなにをしたんだ?」って。

D:そうですね。
  そう、それから
  「I AM A Singer」という番組では
  毎日リハーサルがあったのです。

  覚えてるんですが、
  私がリハーサルからホテルへ戻ってくると
  私の女性マネージャーが電話を持ちながら
  目を丸くして、彼女は
  「OK、OK、OK、OK!」といい
  そして電話を置きました。

  私は座っていて
  そのことには注意を払っていませんでした。

  私はその時考えていました
  「どうやったら海外の人たちに私を認めてもらえるだろう?」

  私は悩んでいました。

  すると彼女は
  「ディマシ、明日、ジャッキー・チェンとミーティングするようになったのよ」
  と言いました。

  私は「あぁ、わかった」といい
  椅子に座り続けていました。

  明日、ジャッキー・チェンと会うのよ! と彼女。

  うん。

  私は彼女の顔を見て
  「OK、OK」といいながら
  またもや座り続けていました。

  10秒ほどして・・・

  最初は彼女がなにを言ってるのかよくわかりませんでした。
  で、突然

  「なんだって?!」

  彼女の言葉を理解するのに10秒ほどかかっていました。
  
  私は子どもの頃から
  「この人とは少なくとも一度、少なくとも一度握手をしたい」と。

I:そうですね。
  これが今日私たちが話していること、まさに、これね。
 (願いは)実現する。

D:はい。
  で、次の日はミーティングでした。
  マネージャーは
  「彼(チェンさん)はあなたに特別な贈り物を要してるそうです。
  彼はとてもあなたのパフォーマンスを楽しんだそうです」

  私の胸は高鳴りました。
  そうだ、彼にはなにを差し上げよう?
  でも私たちがリハーサルから戻った時は
  もうほとんど夜という時間帯でした。
  もうこの時間だとカザフスタンのものを探すのは難しい。

  プレゼントとして。
  そう、プレゼント。

  ここ北京で、どこでカザフのものを見つけられる?

  すぐに両親に電話してみました。

  「明日、ジャッキー・チェンさんと会うんだ、招待してくれたんだ!」
  「なんてことだ、あいつはなにいってるんだい?」と両親(家族)
  一方でそこはもうカオスでした、親戚じゅう大騒ぎ。

  私たちじゃどうしたらいいかわからない。
  Urumqiという街がある。
  そこはカザフスタンの少数の人々が住んでいます。
  私たちはその地域の居住者に電話をかけ始めました。
  
  「Chapan(※カザフのキャミソール)Dombyra(※カザフの楽器)
   が欲しい。どうしたらいいでしょうか?」

  突然のことでしたが電話の向こう側で
  大急ぎでチャパンを探すことになりました。

  そして翌日のミーティングの前に
  叔父さんの一人が飛行機で
  チャパンとドンブラを持ってきてくれたのです。
  そしてミーティングに間に合いました。

  彼(チェンさん)はスタジオで歌のレコーディング中でした。
  私はスタジオへ入りました。
  ・・彼のシンプルさ・・・とても謙虚な方。

  私が緊張してるのを見て、彼は言いました
  「元気かい? こっちへこい、こっちへこいよ!」
  その途端、やっと少し落ち着きを取り戻しました。

  よろしくお願いをし、親切な言葉とともに、感謝を表しました。

  子どもの頃の素晴らしい思い出
  父との素晴らしい思い出
  おじいさんとの素晴らしい思い出が
  すべて直接この方の映画とつながりました。

  ですから、私はこれら3世代に代わって
  感謝を述べました。

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I:現在まで、ディマシュさんのファンは世界中にいます。
  そして、あなたのおかげでたくさんの人々がコンサートを訪れ
  カザフスタンという国を知りたくなり
  カザフ語を学ぼうとします。
  このことを、どう説明されますか?

D:芸術の世界に、国境はありません。
  国境があったためしがないのです!

  しかしながら、各々の人々は
  それぞれ違った趣味趣向を持ち
  芸術、簡単に言えば、それは
  すべての人々に共通するものです。

  ある人は、他の国に住む二人目の言語を
  理解できないかもしれませんし
  人生に対する見方も理解できないかもしれません。
  
  でも、時々は彼の曲を理解するかもしれません。
  彼らお互いの文化は全く異なっているのに、です!

  ある人は一つの曲は全く理解できなくても
  違う曲はとても大好きだったりします。

  ですので、私は音楽というものは
  言葉を必要としない偉大な力だと思っています。

I:ちょうど昨日のことですが
  あるティーンエイジの男の子がキャリアを積み始めました。
  あなたはすでに25歳です。
 
  カザフスタンの伝統では、もちろん
  ご両親は「お嫁さん」を欲しがると思います。
  彼らはあなたの結婚を望んでいるに違いありません。
  でも…現在のNur-Sultanに住む男の子として、
  明日は北京、明後日はロサンジェルス、
  もちろんこれは質素な小さな人生ではありませんね
  お嫁さんは自宅にいる。 
  そういうことは、どうなんでしょう? 
  あなたの人生は色々な意味で変わりました。

D:私がどんな国にいても
  私の将来の妻は間違いなく
  私の祖父母と両親の周りにいます。
  彼女は彼らと一緒に暮らします。

  別居?
  …きっと嫉妬するのでしょうね。
  私を慕っているMansur(弟)を彼らに与えません。
  
I:ご祖父母に嫉妬する?

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D:きっと祖父母そして両親に嫉妬するのでしょう。
  あきらめません。

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  Mansurを成長させてあげたい。

  私たちは…
  私は若い頃から一緒に住む夢を見ています、兄弟。

  祖父母、家族の長老…
  「長老のいる家は富に満ちている」と言われています。

  私は私の富を失いたくはありません。
  でも同じように若い兄弟も同様です。
  私は彼にも分け与えたい。

  なので、私は弟、兄弟、両親たちと
  大家族の囲炉裏で暮らしたいのです。

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I:すばらしい! 美しい夢ですね。
  実現することをお祈りします。
  さて、ここでコンサート”Arnau”のお話をしましょう。

  コンサート「Bastau」を開催したとき
  あなたは心の底から献身を表明され
 「馬に乗った」と言われ
  大きな想像的な道を歩むとおっしゃった。

  このコンサートの目的はなんでしょうか?
  このコンサートを開催して
  あなたの国に対してなにを言いたいのでしょうか?

D:私はすでに海外のスタジアムでコンサートを開催しました。
  しかし、もちろんそれはたいへん素晴らしい歓迎でした。
  コンサートを応援してくれ、拍手してくれ、
  ベストを尽くしてくれたファンに対して
  私は今ここであなたの前で頭を下げます。

  私がディマシュでいられたのは
  普通の聴衆の皆さんのおかげです。

  でも、私の国で、私の家で
  コンサートを開催するということは
  私にとってずっと難しいことなのです。

  なぜなら私の師であるMarat Aga は
  間違いなくここに座っています。
  
  そして、私は
  芸術、人生を教えてくれた尊敬される
  すべての先生の前で試験を受けることになるからです。

I:もちろん、そうですね。
  では、あなたは聴衆のためになにをしますか?
  彼らを感動させるものは、なんでしょう?

D:一つは、たくさんの楽曲です。
  たとえば、私たちはアメリカの音楽の中心である
  BMGとの「結婚に同意」しました。
  現在はBMGカンパニーと密接に仕事をしています。
  また、マドンナ、ビオンセ、リアーナなどに
  楽曲を提供した作曲家から
  いくつか曲を提供されています。

  そのいくつかは「Arnauコンサート」で
  初めて披露されるでしょう。

  いくつかは、皆さんすでにお馴染みの曲です。

  また、アジア、韓国、中国の
  偉大な作曲家と協力して作り上げた作品を
  ステージで紹介したいと思います。

  また、私が愛してやまない最近の曲達を作曲した
  特別な作曲家イゴール・クルトイさんの曲も披露します。

  一つだけ、秘密を明かしましょう、
  彼は私のステージに随行してくれます。
  彼は私のステージに一緒に上がってくれるでしょう。

  そのくらいかな、小さなニュースですけど。

I:ディマシュ、アルバム「ID」に
 「War and Peace」があります。

  ええ、みんなが知っているトルストイの「戦争と平和」。
  実際は正確な訳としては「戦争と平和」ではありませんが。
  でも「War and World」(戦争と世界)とすると
  それが理解できます。
  この点について、あなたが海外にいるとき
  あなたは自分の国の団結ということに対して 
  どのくらい気にかけていますか?

D:インターネットで情報を読むと
  私はいつも家に戻りたくなります。

  私は自分の国がいつも安全で健全であってほしいし
  自分の国が平和であってほしいのです。

  なぜなら、私たちの国の平和というものは  
  カザフスタン全土に住み人々の心の平和だと
  私は個人的に信じているからです。

  私は、部民族、同胞が
  悲しみ・試練を経験しないように
  いつも祈っています。

  もしよろしければ、なぜ私がこの
  「War and Peace(戦争と平和)」を作曲したか
  そしてその創造の過程をお話しさせてください。

  私はこの曲を作曲をしました。
  私の提案で、詩は中国語で書かれました。

  これは私が声を大にして言いたいことです。

  世界は平等でなければなりません。
  世界は平和でなければなりません。

  私たちは
  私たちの周りの人々の心の安らぎに対しても
  責任があります。

  笑顔で話し合ったり
  友好的に話し合ったり
  お互いに良いことを願うなら 
  戦争はまったくありません。

  私たちは、みな平等です。
  私はいつもそれを繰り返し言います。
  私はこの曲を
  一般の人々がこの歌を聴いて
  分かってもらえるように作曲しました。

I:あなたは「私が作曲した」とおっしゃった。
  あなたは現在、有名な作曲家Kenes Duysikeevから
  作曲の学位を取得したヌルスルタン市の大学
 「Shabyt」で勉強していますね。

  当時、彼は最も有名な歌の1つである
 「Salem Sagan Tugan Zher」という歌を書いており
 「Karagym-ai」という歌はとても素晴らしいです。

D:(※歌う)すばらしい!

I:はい、そして彼はなんと素晴らしい
 「ドンビラトゥラリーバラダ」を持っていることでしょう!

D:私は今夢を持っています。
  あなたがご存知の、いわゆるポリフォニー
  ソナタ、ソナティーノ、エチュード、
  将来私はそのようなものを書いてみたい。

  それを書くためには
  音楽的な知識を向上させる必要があります。
  出来うる限りで。
  この領域は軽く取り扱うことができませんから
  注意深くしないと。

  これは、世界を構築するのと同じですね。

  曲を作る。
  ですから、私が今
  Kenes Agaのクラスで学んでいるという事実は
  まるで宝くじがあったかのような
  特別な賞を獲得したような感情で満たされています。
  
  Kenes Agaは、偉大な作曲家としてだけでなく
  たいへん素朴な人間だということも
  知っておく必要があります。
  
  私は以前16〜17歳のコンペティション
  「Zhas Kanat」に参加しました。


I:もちろん覚えていますとも。

D:はい。
  その当時グランプリ賞はKenes Agaから手渡されました。
  彼は審査員の一人でした。
  その時期、私たちはすぐに共通点を見つけました。
  一見すると彼はちょっと不気味に見えるんですが
  人を圧倒するような何かを持っていて…

I:彼はいつもしかめっ面してますよ。

D:はい。でも彼は教室ではとても素朴なんです。
  私はいつも祖父とお茶を飲んでいる感じがするのです。

  私の専門分野における教育を
  強化してくれる達人としてだけでなく
  若い私たちにたいして
  スピリチュアルな価値を広めた偉大な人物として
  彼のことを評価しています。

I:ディマシュ、あなたはラッキーですよ。
  なぜかわかります?

  あなたは、あなたがやりたいことが
  最初は少しだったとしても
  あなたは道を失うことなく
  あなた自身の道を見つけました。

  自分の道を見つけるために
  人はなどんな質問を
  自分に問うべきでしょうか?

D:私の意見としては
  職業を選択するまさにその時
  その人は少し立ち戻って
  自分が子どもの頃なにを夢見ていたかを
  考えるべきだと思います。

  子どもの願い、子どもの夢というものは
  人を惑わすということがありません
  これが私の結論です。

  私は自分自身、極めて幸運だと感じています!
  本当に感謝しています!

  一歩ずつ、たゆまぬ努力をすることは
  私にとって大きな喜びへと導いてくれます。

I:ありがとう、ディマシュ。
  ほんとうに、ありがとう。
  もう一度感謝を申し上げます
  ありがとうございます。

  このような長時間
  多くのテレビチャンネルの中から
  あなたが私たちのチャンネルを選んで
  インタビューに応じてくれたことに感謝します。

  今日のコンサートが成功するように!
  そして、常に覚えておいてください
  あなたには
  あなたがいつも最高でいられるようにと
  願う人々が付いているのだということを!

D:ありがとうございます!



ディマシュ・クダイベルゲン

本名 Dinmukhamed Kanatuly Kudaibergen

Dinmukhamed (ディンムハメド) =預言者の子

Kanatuly (カナトゥリ) = 羽を持つ

Kudaibergen (クダイベルゲン) = 神からの贈り物

「神から贈られた天使」という意味なのだそうです。

こちらのブログから情報をお借りしました。ありがとうございます)




まだ読める・観られるという方は

ぜひ、これをご覧ください。


ディマシュさんの真骨頂です。


「The World's Best 」という

アメリカの番組でのパフォーマンスですが

彼は最後に番組を降板します。


それは、対戦者が子どもだったからです。


大人と子どもが対戦するというのは

フェアじゃないということで

反対も強かったけれど自分の意思で降りました。





きっとこの後

音楽業界の間で様々なことがあったであろうことは

想像に難くありません。


このようなことがあっても

再度アメリカ上陸を開始する

タフで繊細な彼を

ぼくは心から応援します。



音楽を、信じて。



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